私はあまり会話が上手ではないと思っていて、特に夫に教えてもらうまでは「聞く」という行為はもうアメリカの大学だったらC+だったかもしれない。その割に、職業柄、コミュニケーションについて考えることが多い。
そんなわけで、コミュニケーション、つまり「相手に気持ちや情報を伝え、伝えてもらうこと」は、私にとっては日常的に分析している対象であり、1つの芸術的な技であり、この世で最も難しいことの1つだと思っている。
なのでこのブログでも度々扱っている。よく読んでいただいているブログもコミュニケーションに関わることが多い。
自分話をする人
さて本題。
しばらく前に、「私が話してたら、自分の話をしだして話題をさらっていく人が嫌い」という話があるのに気づいた。なんで自分が話してるのに、そっちの話を勝手にしだすんだ、と。
そうですやんねぇ・・・
そういう人は何を考えてるのか?
まぁ答えは千差万別でしょうが、ちょっと説明してみたい。なんせ、私自身がそうだったので。
何考えてるかって?
1)共感していることを具体的に伝えたかった
これが一番大事なポイントなんですが、例えば友達が「スキーに行って大変な目にあった」という話をしていた時に、当時の私は「おぉ、それは大変だな!その気持ち、すごくわかる。私もちょうど似たような経験があって、多分あなたの気持ちとすごく同じ気持ちになったの!本当だよ!」という思考回路のもと、それを説明しようとして、私の話をしだしてしまっていた。
「わかるー!!」と言うのは、アメリカ人カップルが電話を切る時に「愛してるわ」「俺もだよ」と言うのと同じくらい、簡単に言える。「いただきます」みたいなもの、考えなくたって言おうと思えば言える。私はそういう薄っぺらい返事ではなく、真実に「あなたの気持ちがわかったよ、伝わったよ」と伝えようとして、具体例を持ち出せば伝わるかと思っていたのだろう。
2)神は細部に宿る
・・・というように、この世はざっくり一般化してしまうと見落とす部分が多々ある。詳細や出典は死ぬほど大事である。という職業病のもと、丁寧に自分の話をしそうになる時がある。
3)話している間になんでこの話をし始めたか忘れる
で、細々した部分に気を配りながら話している間に・・・なんでこの話をし出したのか忘れてしまったのだ。😅😅😅
・・・すまん。。。
そう、共感していると伝えたかっただけなのに。
4)分析モードに入ってしまう
そして上記以外のポイントとして、私は真っ先に分析するように訓練されているので、つい、人の話を聞きながら、その事例とこの事例はなるほど共通点があるかもしれない、などと分析しだして、「話を聞く」という行動をしていたことを忘れてしまい、つい他の自分が知っている事例を持ち出してしまう。
なんせ、建設的な議論が好物なので、事例と事例を分析することで、二人にとって新しい発見があれば、人生がこれまた豊かになるではないか!
すんまへんな
まぁ、私の場合は、こんな思考回路だったのだと思います。Twitterを見ながら、そういえば、私そういう風に話していることがあるかもしれない😅、何がおかしいのかな、と自分で分析してみた結果です。
されて嫌なことは嫌でしょう。
でも、相手は別に「話をすり替えて、自分が主人公になろう!」などとはまったく思っていない場合もあるかも知れません。。。むしろ「あなたのことを理解できた」と伝えたかっただけだった。ごめんなさい!伝え方がちょっとズレていましたね。
人は自分の話を聞いてもらいたい
結局のところ、これに尽きる。
人は、他人の話なんて興味はない。自分の話を聞いてもらいたい。
自分も含めてそういうものだとついに理解し、
「人の話を聞く」ということと「おしゃべりする」ことはまったく違う行為であり、
相手が今は
おしゃべりしたいしたいのか?
話を聞いて欲しいのか?
を見極めることが大事だということと、
そもそも人の話を聞くとはどういうことなのか、
をきちんと理解したのは、もっと後、人の話を聞くエキスパートの夫から学んでからでした。
いやーほんとごめんね。。。。
どうすればええねん?
で、私と同じようにおしゃべりと議論が大好きで、ついこんな癖があるかも知れないと思った場合。どうしましょうか?
私の場合はですが、
「今日は私は会話の3分の2は相手に話してもらう!自分は黙ってようね!」
と自分に言い聞かせてから、会いに行ったりしています。具体的な数値・目標を設けるとやりやすいタイプには効くかも?
人は変わる。
気づいてないこともある。
こっちだって理解できてないこともある。
それを理解しようとすることを愛という。
そこに平和への解がある。
そんなことをDCで思っております。

