私の住んでいるところはホワイトハウスから車で30分。
DMV(DC首都圏)内であり、政治を生業としてる人が大半の区域に住んでいる。
が!
私が住んでいる場所は、その中でもちょっと不思議な市で、ちょっと魔法がかった村みたいなところ。
国籍もお金も関係ない
うちの市では、市民権を持たない外国人にも参政権はあり、私もなりたければ市長に立候補できる。つまり、それだけ移民に対して寛大で、移民と一緒に暮らしていく仕組みが1980年代に既に作られて政治に組み込まれているため、実際のところ、近くの公園に行くとありとあらゆる人がいる。白人、スカーフを被ったアフリカのムスリム系の人、アメリカ生まれの黒人、ラテン系の人、アジア人の親と、その子供たち。同じ公園の中で、聞こえてくる言語も違う。
白人は70年代のヒッピー的な人が多く、アーティストが多いのかやたらと家の庭に変わった彫刻やオブジェがある。庭の草花をスピリチュアルガーデンと呼ばれるハーブ系のものにしている家もあり、スピリチュアルヒーリングをやってる家もある。スピリチュアルガーデンは、知らないと単なる雑草がぼうぼうの庭にすら見えるのだが、詳しい人に実は意味があると教えてもらった。ピース☮️って感じだ。

アメリカは確かに人種の坩堝だが、NYCなどのリベラルな大都市以外では、意外と白人は白人、黒人は黒人、ラテン系はラテン系という感じで住むところが違ったり、またわかりやすく金持ちは金持ち地域、貧乏人は貧乏区域という感じで残念ながら実態は分かれているところも多い。もうわかりやすく、金持ちのみが住める住宅街もあって、ゲートがあって守衛さんのいる小屋で名前を言わないと入れないところもある。知り合いは湖を囲むそういう地域に住んでいて、お城みたいな家の壁にはディズニーランドみたいなライトアップまでしてあった。
でも私のいる街はあまり「金持ってますぜ!」というのを見せびらかさない人が多く、話を聞いたらNGOのCEOで先日議会で証言した人とかがしれっと住んでいて、お金のある人もない人も一緒に上手に暮らしている。
動物と一緒に暮らしていく
しかも、めちゃくちゃ環境に配慮した市で、リサイクルもだが、市の設計が自然に配慮した感じなのだ。森の中に上手に村を作ったような。だから、人工的に見栄えを良くするために植えたほっそい木々がちんまり並ぶ街路樹なんてない。人の家の庭に植った木も、その横にある森の木々も、大木で背が高い。18メートル、つまりマンションの6階くらいが平均の高さ。木も太くて自分の腕で木の胴を囲めない木の方が多い。そんな大木がボコボコあるので、木々の葉っぱも傘のように空を覆い、なんとなく森っぽくなってるのだと思う。
土日は小川に沿った道路は歩行者天国だし、街灯がない。夜は完全に漆黒の闇だ。だからこそ、鹿もたぬきも狐も、多分数百種類以上の小鳥たちも、タカもフクロウもなんならコヨーテまでやってきて元気に暮らしていけるのだ。人間にとっては多少不便でも、動物の生き方まで尊重しているような。動物との共存を計算に入れて街づくりしていると感じられる(ちなみに、市の鳥の種類はわからなかったが、MD州には450種類の鳥がいるそうだ)。

毎月、有志の人がNGOの指導のもとで小川のゴミ拾いや街の雑草抜きをしているので、あまりゴミは落ちていないし、川も綺麗に保たれている。だから、6月の終わりは蛍が飛び交ってますます幻想的だ。みんなこの街にちょっとした誇りを感じながら、大切にしている。
つまり、食い扶持である政治と外交の中心地までサクッと行ける距離でありながら、ちょっとした田舎に近い空気が流れている。同じところに長く住むことに興味のない私も、この街には恋をしてしまった。家を買うなら、この街がいいかな。

諸行無常とはいえ
だが・・・
そんな街にも変化が訪れようとしている。
ヒッピータウンだったのに、土地が高くなり始めている。まぁ、住み心地は最高だからな。
そしてどうも最近、アメリカ全体で政治も経済も不安定だからか、うちの市まで治安が悪化し始めているようだ。
先日、隣町のダウンタウンで銃の事件に巻き込まれた疑惑があったことは先日書いたが、隣のお姉さんと話してたら、なんと、最近うちの市でも銃の事件がちらほらあったのだとか。調べたら、銃の事件が発生し始めているじゃないの。そして2年後には近くに地下鉄の駅ができるそうだ・・・。
私は変化を面白がるタイプなのだが、人生で初めて、この街に変わってほしくないなぁと思ってしまった。妖精が飛んでいてもおかしくないような、市民権もお金も関係なく、人も動物も一緒に暮らそうとする、この魔法がかった生き方が続いていってほしい。