今日は大好きな友達が海から帰ってきて、すぐに電話をくれた。
いつも通り、ダラダラと、海がどうだったか、彼女が海に行っている間何をしてたか、やっぱりマーシャルズ(というアメリカの庶民のアウトレットみたいな安いデパート?)は危険地帯だとか、たわいない話が楽しい。こういう「特に用事も緊急性もない電話」をしたい時にいつでも気軽にできる相手がいるってことが、日々本当にどれだけ支えになってるか。
で、私たちの会話はいつも爆笑の渦なので、今日もまた「わっはっは!」と豪快に笑う私がいる。私の笑い方は豪快で本当に楽しそうで気持ち良いと何人かの人に言われたことがある。ま、笑うのが大好きで、結構しょっちゅう腹の底から笑ってるしね。
でも自分の笑い声を自分で聞きながら、ふと気づいた。
私ってば・・・なんてドスの効いた声で笑ってるのかしら!
心の底から笑うのはいいけど、こんなに低くしなくたっていいんじゃない?
そして、それに気づいてから、笑い声の音程を少し上げて、これからはもう少し軽やかな笑い方でいこうと決めた。
もう、いいんじゃない?
私の声がなぜ低いか?
それは、このアメリカ生活ではいざとなった時に舐められないだけの存在感が必要で、そしてそれなりの期間、人を束ねる立場に立ち、気を張っていたからだ。
これまでもいろいろ書いたけれど、アメリカ生活はぼんやりと、ふんわりと生きていたら、文字通り、誰かの踏み台になって下敷きにされてしまう。それくらいの緊張感は常にうっすらとケープのようにまとっているし、目と声に凄みを宿して交渉し、人智を尽くして乗り切らなければならない瞬間は、まぁ、日常的によくある。日本にいるような感覚で生きていたら、すぐにゲームオーバーだ(緊張の何割かは、単に母国ではない土地に住んでいるからかもしれないし、ワシントンDCが激しいエリート競争社会でもあるからかもしれない)。この地に根ざして、現地採用で自分で生きれば生きるほど、そうなる。
そして、人を束ねる仕事をしていた頃は、クライアントは常に年上のおじさま方、一緒に仕事をするチームも人種問わずの男性だったり、女性は女性で非常に有能でキレる人たちだったりずっと年配だったりした。仕事が好きだっただけで、リーダーになろうと思ってたわけではなかったので、結構苦労したし、その過程で多分、チームを指揮する立場としての風格と、ビシリと指示出しする時に相応しい声を自分で作っていったのだと思う。だって、元々こんな低い声じゃなかったもの。
この2つの組み合わせが生み出すのは、こんな感じの強え私だった🤣(↓)。強くなければ生き延びられなかった。


そしてこの意識して作った低い声は、いつしか板についてしまった上に、私を代表する声になってしまっていた。
でも、もういいよね。
今は私は、人を束ねる仕事をしていない。
マネジメントは嫌いじゃないけど、自分の生き方まで変えて、それで一生を終えるほどは好きじゃない。もっと自由な自分を解放して、大事にしてあげても良いんじゃないかと、ついにふと思い立った。人を束ねる仕事をやめてからもう10年も経つのに、やっと気づくなんて遅いんだけどね。
先日読んだ、DCでお店を持った美容師さんの記事を読んでいて、彼女が「これが私だ」という美容室の内装や照明になっていると言っていて、その堂々とした姿がすごくカッコよくて、心に刺さったのかもしれない。それに別の美容師さんは、50歳を過ぎて「どう歳を取るか」を考えた末に、お化粧と白髪染めを止めたそうで、その吹っ切れた感じがものっすごくカッコ良く、むしろ若く見えたのもあると思う。
アメリカ生活は続くけど、それはそれでもう少ししなやかな強さを探したい。
素敵な先輩方に触発されて、私もついに「どう老いていきたいか」「どういう50代、60代の女になりたいか」という自分の女の美学について考え始めているのかもしれない。
ということで、
素敵な女を目指して、また脱皮の時期が来た模様。
久しぶりに会ったら少し雰囲気が変わってるかもしれないし、むしろ少し変わっていたいと思っているから、よろしくね。楽しみにしていて。
