最近、大人の人間関係について考えている。周りの色んな人、ある程度近しい人たちとの関係において(会社の、仕事上の、というよりはもう少し、知り合いとか友人とかそういうレベルの人たち)、前とは違うフェーズに入ったなという気がしている。
何より、自分もだろうけれど、みんな変化していっているのが顕著。
それも、ただ歳をとった、というよりも、
人生長く生きてると起こる色んな事件を通して、友達一人一人が、その人の哲学・信条レベルで変化していくのを見ている。
「こうでなければならない!」と、正義とかマナーとかこうあるべき世界を守ることにガチガチだった友達が、自分の身に起こった変化によって、「まぁいいじゃない」と、今までとは逆の世界も許し始めている。彼女の中の許容度が広がらざるを得なかったんだと思う。
またある人は、とても政治的な勘が鋭くて、言うべきこととそのタイミングを完全に把握しているキレ者だったが、その人の周りで人が年齢的に亡くなり始めた結果、なんだか少し前よりも弱さや本音をオープンに見せるようになった。
逆に、人間の解像度が低かった若い時には、単純に「すごいな、尊敬しかないな」と思っていた人にも色んな側面があることを知って、自分とは相容れない部分をハッキリと感じるようになった人もいたり。
それぞれの人生に色んなことが起きた結果なんだと思う。若い時はとにかく、解像度は低いわ、似たような経歴の、似たような境遇の人たちが多いわで、あんまりお互いの違いを鮮烈に感じなかった。「だよねー!」がどこででも通じるのが友人の1つの定義だったような。
でも、仲良くしてたり、したいと思っている人にも、こんなにたくさんの側面があるんだと学ぶと、「だから縁を切る」では、もう友達はいなくなるか、浅い関係しか築けないか、常に友達を作っては捨てることになる。
なんか、もったいないじゃない。
じゃぁどうしたらいいんだろう?

変化を前提に付き合う
そこでふと今日思ったのだけど。必要なのは、
- 相手が変化していく現実を受け入れること
- 相手が今、どんな状況・心境なのかに敏感でいること
- 変化し心境も変わる相手との、今この瞬間に適切な距離感に敏感でいること
- 距離感そのものも、常に変化しているという前提で長い目で付き合うこと
なんじゃないかと、ふと思った。
「親友」ならいつも至近距離でいてほしい、というのは若い頃の話で、親友でも少し距離や時間を置くことが二人の関係にとって健全なら、今はそれもいい。
仲良い人でも、決定的に合わない分野があるなら、その話はしないか、その分野では協力・共闘しなければいい。悪いな、と思っても断ることで続けられる関係もある。
その人を嫌う必要も、切り捨てる必要もない。
自分の境界線は変えずに、相手と楽しくやれる分野、距離感、コミュニケーションの仕方を模索すればいいのだ。
それには工夫がいる。
自分のやり方だけを是として、自分のやり方に沿わない人は切り捨ててると、こういう付き合いかたは出来ない。相手の話を聞き、相手の状況を知り、相手のやり方を観察して、それをベースに距離感やコミュニケーション方法を測る。
人生が複雑になっていく40代、それも後半くらいからは、こういう感じで人間関係を作っていく必要があるのかも。
これは、相手が夫でもそう。
親友でも、仲良い人でもそう。
そうやって、互いに変化していく相手との関係を丁寧に、大事に作っていきたい。老いるとはどういうことか、少しわかり始めた今こそ、年老いて後悔が増える前に、今から意識したら、上手に関係をつなげていけるようになれたらいいな・・・
